広い街中を抜け海沿いを歩く。補正された街路樹通りを抜けると道沿いにまばらに並んだ街灯が点り薄暗くなる潮風を照らした。ざらつく唇を舐めると潮の味がした。私は一軒の家を見つけ立ち止まった。白い外壁が薄橙色の熱をまとい暮れゆく太陽に備えている。夕日を背に建つ一軒家は影に縁取られ明るくも暗くも見えた。家の両脇には背の高い針葉樹が生えている。海辺に似つかわしいとは言えない光景。周りの家とは違う見慣れぬ景観をしばらく見ていたが好感があるわけでも呆気に取られた訳でも無かった。

  「よくお越しくださいました,どうぞ中へお入りください。寒かったでしょ」笑顔で声をかける眼鏡の男に招かれ私は家の中に入った。灰色のニット帽から出ている糸クズを見ていると男は不思議そうに笑いかけ部屋を案内し始めた。長身の男が着ているオーバーオールの裾は長く折り曲げられその幅の長さからオーバーサイズなのが見て取れる。家の中は外観からは見て取れないほど広くフロアはどこまでも続いているように感じる程であった。夕暮れ時にしては薄暗すぎる室内に目が慣れず見回していると1階には窓がないから光源に頼る他無いと男は言った。言葉を受け照明器具を探したが主要といえる灯が無い。よく見ると壁に豆電球より一回り大きな灯が無数に点っているだけだった。薄暗い中小さく光る無数の光源に幻想的な感覚を覚える。よく見ると針金に吊るされている白く長細い物が目に映った。二度見する。それは緑と白のコントラストを持ち横に細長く、軽く鼻をつく臭いを放った。長ネギであった。長ネギの三箇所に幅2cm強の穴が3つ開けられそこから光が発されていた。薄暗い室内をその光源が丸く暖かい印象を与え薄暗さを柔らかく淡く照らしていた。その光を不思議げに見ていると男は笑った。この家には電気が通っておらず全てバイオ由来によるものだという。語る口調はいつしか熱がこもり目は力強く血走り強気な口調に変わっていた。先ほどまで遠巻きに見ていた色白く目力のキツい妻も加わり一緒に熱、熱く語り始めた。気付けば夫婦の気の知れているであろう友人数名が加わり説明はミュージカル調の熱を帯びていた。関心があるとも無いとも思えずただその熱量を受け止める私を尻目にミュージカル調の説明は数時間続いた。

  熱い話を4割型受け止めつつ説明を受けながら歩く私に3階に移動するよう夫婦は勧めた。3階には有名作家が手掛けた巨大な光のモニュメントがあり敷居面積の8割を占める大きさだという。どうやらその光景はこの世の中の光源を著しく達観しているらしい。説明を数時間聞き続けた私はどうせならその風景を一目お目にかかりたいと思い室内に備え付けられたエレベーターに向かった。

  エレベーターの扉が開いた。中を見るとエレベーターに個室は無く正面、左右の三面をコンクリート壁に囲まれた空間に灰色の電線に繋がれた赤い受話器が1つ浮いているだけであった。目に染みるほど真赤の受話器。それを不安げに見ていると夫婦は笑った。この受話器に捕まれば3階まではひとっ飛びですよ、そんなに不安な表情を浮かべる必要は無いですよ、と。半信半疑で赤い受話器を掴んだ私はか細い電線に自身の体重を加える行為に言いようのない不安感とも不信感とも希望とも取れぬ感情が湧いた。

  エレベーターに繋がれた受話器を3階に上げるため夫婦は滑車を回した。利き手である右手をそれぞれ揚々に動かし続ける夫婦。私を見てそれぞれに含み笑いを浮かべている。滑車を回し終えると夫婦は口角を上げいってらっしゃいと息に近い言葉を出した。それを見ながら私は受話器を掴み笑みを返した。か細い電線にかけた私の体重はエレベーターを伝い上昇しようとした。か細い電線に繋がれた滑車は私の体重に震えその震えを私の手元に繋がれた電線に伝え返した。私は不安な表情を浮かべる。夫婦は私に言う、何も心配はないから大丈夫。か細い電線から伝わる振動が再び私の手元に伝わる。いや、本当は振動などしておらずそう感じただけかもしれない。再び夫婦に目をやる。真赤の受話器に捕まる私を夫婦はただ見つめている。

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